個人文庫 川田信一郎文庫
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川田信一郎 (かわた しんいちろう)

略歴:1918(大正7)年生まれ,広島県で育つ。旧制第七高等学校造士館を経て、41年東京帝国大学農学部農学科卒業。46年東京帝国大学助教授。52年農学博士。60年東京大学教授に就任して農学第三講座を担当。70年東京大学農学部長,日本学術会議会員などを歴任。79年停年退官,東京大学名誉教授。

主な著作:
『村々を訪ねて』(農民教育協会1951)
『作物災害論』(養賢堂1953)
『米の増産』(共著・岩波書店1953)
『農村の貧困』(東大出版会1956)
『作物の科学』(東大出版会1956)
『冷害―その底に潜むもの―』(家の光協会1965)
『日本作物栽培論』(養賢堂1976)
『水稲の根・論文集』(農文協1982)
『写真図説 イネの根』(農文協1982)


<早くから英才の誉れ高く,農業の現実に学び水稲の根の研究に結実>
 川田先生の研究・業績を『日本作物学会紀事』53巻4号(昭和59年12月)追悼文を借りて紹介する。
「先生は昭和33年より26年間余,本学会の評議員を務められ,この間,昭和45~46年には副会長,同47~50年には会長の重責を果たされ,創意に満ちた数々のご提言によって,50周年記念事業では『日本作物学会50年の歩み』および『作物学用語集』の刊行に実を結んだ。(中略)
 先生のご研究はきわめて多岐にわたり,その成果は数多くの論文・著作として公表されているが,その基本には,つねに農業の現実から学ぶという態度が貫かれていた。とくに本学会紀事に掲載された『水稲根の生態に関する形態形成論的研究』は作物の根と土壌の重要性を喚起した業績として,高く評価され,昭和44年,日本農学賞の栄誉に輝いた。また農村調査に基礎をおいた研究『風害の構造』は,第二次世界大戦後の学界に新風を送り込んだものとして注目され,この作物栽培の構造論ともいうべき論考は,その後『作物災害論』,さらに『日本作物栽培論』へと集大成され,これらの業績に対して昭和54年、日本農業研究所賞が授与された。
 先生の豊かで強烈な個性は,高い識見と相まって,先生に接する人それぞれに忘れ難い印象を与えるものであり,先生の温かい人柄がこれを裏打ちして,研究者はいうに及ばず,広く農業に関わる各界の人々から,深く敬慕された。
 退官後は,時折襲う病魔と闘いながらの日常であったが,健康を快復された折りの,自由な立場からの活躍は目を見張るものがあり,足しげく東アジア諸国を歴訪され,日本での研究の成果を世界に展開させようという計画を立てられた矢先,66歳の若さでの逝去はまことに惜しみて余りあるものであった(後略)。」
 
<蔵書の内容>
 閉架式書架番号17と18に収納されている図書の内容は下記の通りであるが,特に専門書だけでなく農民自身の著作になる篤農技術に関する単行本を集めて,その現実から学ぶという姿勢が伺われる。また日本および世界の地域別農業や広く他分野の専門書・研究論文が多いのが特徴である。さらに社会科学・農業経済学・農学史などの専門書も先生の学識の多彩な面を教えてくれる。

<川田信一郎文庫明細表>
書架棚番号 蔵書内容 図書数
KS17-1 自著・執筆論文、気象・災害・科学技術論の専門書、篤農技術に関する単行本ほか 167
KS17-2 植物生理学・実験法・農学一般に関する専門書 207
KS17-3 日本および世界の地域別農業に関する単行本、稲作技術書、「農村青年通信講座」バックナンバー、古農書ほか 177
KS17-4 世界の地域別農業、農業水利・土地改良・作物に関する研究論文ほか 138
KS17-5 植物の形態・細胞・根・組織に関する内外の専門書、土づくり運動に関する論文ほか 197
KS17-6 土壌学関係専門書、育種学・遺伝学・稲作多収理論の専門書 227
KS17-7 中国・朝鮮・東南アジア農業に関する専門書、果樹・蔬菜・工芸作物関係の専門書・技術書ほか 205
KS17-8 農業経済・農学史関係専門書、『農務顛末』(全6巻)ほか 201
KS17-9 『農業災害補償制度史』正・続・続Ⅱ(全14巻)ほか 145
KS18-9 「日本作物学会紀事」「農村通信」「圃場と土壌」「園芸学会」ほかバックナンバー 55
図書総数 1,719
 (KSは川田信一郎の記号、17は書架番号、1~9は棚番号)