個人文庫 浪江虔・南多摩農村図書館文庫
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浪江虔(なみえ けん)1910~1999

略歴:1910年板谷浩造・ツマの次男として札幌市に生まれる。’30年武蔵高校から東大文学部美学科に入学するが、農民運動に参加し、’31年退学。’33年検挙され’35年出獄。農村定住と農民運動のやり直しを決意し、農村図書館開設の計画で本集めを始める。’36年浪江八重子と会い、農村定着の方針を語り結婚を約束。虔は東京府立園芸学校に、八重子は水原産婆学校へ通学。’38年虔と八重子は結婚し、農村図書館設立を発表、浪江姓となる。’39年鶴川村(現東京都町田市)に定住し私立南多摩農村図書館を仮開設したが、兄板谷敬のまきぞえで検挙されて入獄し、’44年出獄。獄中で学んだ農業書の知識を活かして産業図書株式会社に勤め農業書の編集にあたる。八重子は’43年助産婦を開業、生活を支える。農村図書館を再開し利用盛大。’45年から農地改革など農民運動と農村図書館運動に傾注するが農業書が農民向きに書かれていないことに気づく。’47年『農村図書館』刊行。鶴川村議当選。民主主義科学者協会農業部会の農業教科書づくりに参加。6月農文協の農村文化推進委員会に参加、12月(社)農山漁村文化協会理事となる。’48年から常勤になり『農民通信講座第1号』『農村文化』などのリライト・編集に従事。’50年『農村文化』に連載を始めた「上手な肥料の使い方」が好評で、これをまとめた『誰にもわかる肥料の知識』は浪江のめざした農民のための農業書の創造であり、農文協が開発した直接普及の典型となり10万部のロングセラーとなった。’53年『村の政治』(岩波書店の「村の図書館」シリーズ)刊行。’54年『農村教育の砂漠』(長野農文協)刊行。’56年『農村の恋愛と結婚』(農文協)刊行。’57年『町づくり村づくり』『これで防げる野菜の病気』『成功する家族計画』(ともに農文協)刊行。’58年『農村の読書運動』(新評論)刊行。’62年『誰にもわかる土と肥料』(農文協)刊行。この前後から日本青年団協議会の全国青年問題研究集会、自治労の地方自治研究集会の助言者になる。また国民文化会議常任運営委員、日本図書館協会評議員になり、運動の幅が広がる。’65年『生産に活かす農業法規・権利としての農政』(農文協)刊行。’66年農文協常任役員(18年間)を退き非常勤理事となる。
1968年農村図書館の看板をおろして「私立鶴川図書館」と改称。’70年『この権利を活かすために・住民と自治体』(評論社)刊行。以後図書館を自治体民主化住民運動と位置づけ力を尽くした。’81年『図書館運動五十年・私立図書館に拠って』(日本図書館協会)刊行。’89年「私立鶴川図書館」閉館、50年の活動を終えた。蔵書のうち農業関係1800点は農文協図書館に、大半は町田市立中央図書館に寄贈された。’93年八重子没。’99年虔没。(「私立鶴川図書館」跡はそのまま浪江虔・八重子の著作・資料館として保存されている)

参考資料:浪江虔追悼1、(朝日新聞惜別1999,2,10,ほか各紙)
       浪江虔追悼2、(図書館関係誌追悼)
       浪江虔追悼3、(最後の年賀状、農文協、社会運動・社会教育誌など)
       『ずぼん(5)』(特集・浪江虔、私立図書館を50年やってきた。
       浪江虔夫妻との交友・山代巴、これまでのあゆみ、「年譜」)
       『ずぼん(6)』浪江虔を偲んで元私立鶴川図書館を訪ねる。
       『図書館文化史研究』NO.16/1999,浪江虔・図書館思想の形成、
       略年譜、著作目録。
 以上の諸資料は農文協図書館に保存されている。

<浪江虔文庫蔵書明細表>

書架棚番号 蔵書内容 図書数
NK26-1 浪江虔追悼文集 農業朝日(1946年~1958) 新しい農業 184
NK26-2 経済評論 58
NK26-3 調査資料 大学 山村振興調査会 全国農業会議所  日本作物学会 農業・農民 日本家禽学会 その他 77
NK26-4 その他調査資料・報告書 85
NK26-9 雑誌(農業と経済・農政・農村工業・村・その他) 48
                              合計 . 452